しょーもない障害者のオッサンのblog

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知的障害者との恋愛は、苦い結末を迎えた。

 

とある作業所にて

とある知的障害者

愚痴を聞いていた。

旦那が酷くて

家出を繰り返していると。

お金に困り風俗の仕事についたら

遠くの県外に連れていかれて

逃げだした事もあると。

旦那は意地でも

離婚してくれないと。

旦那さんとは

前の作業所で知り合ったと。

年齢は50代。

中年男性の障害者で

結婚している人は少ない。

だから例え夫婦関係が

破綻していたとしても

離婚したくないのだろう。

話は最初の知的障害者に戻る。

その女性は2歳の時に

義理の父親から暴力を受け

知的障害になったようだ。

そして、その後すぐに

施設に捨てられた。

母親も親戚も

引き取りにこなかったという。

だから頼れる身内がおらず

家出したらネカフェに

お金がつきるまで泊まってるらしい。

でも、お金がつきたら

仕方なく旦那の所へ帰っていると。

相談員さんに相談しても

「旦那さんを説得して下さい」

としか言ってくれないと。

離婚の為にも別居したいから

グループホームに帰りたいと言ったら

「結婚していたら帰れない」と言われたと。

その女性の、あまりの八方塞っぷりに

私は本気で力を貸す事にした。

私の相談員さんや

役場の福祉と人権の窓口を

いくつか訪ねて回った。

離婚の相談をする為に

弁護士にも会った。

家出中の御飯や宿代も支援した。

数々の努力の甲斐あって

とあるグループホーム

入居できるようになった。

すると、その人から

「結婚を前提に付き合って下さい」

と言われた。

不倫で訴えられるリスクもあったが

見捨てられなかった。

その後、3ヶ月くらいした時に

「別れてくれ」と言われた。

想定内だった。

旦那とのイザコザに

新しい住居や新しい作業所での

コミュニケーションで

ストレスを感じないわけがない。

私との付き合いだって

ストレスはあるだろう。

とにかく私はサラっと別れてあげた。

2日後、やっぱり寄りを戻してくれと

詫びにメロンを持ってきた。

不憫だったので、寄りを戻してあげた。

「もう二度と捨てないよ」

「もう二度と傷つけないよ」

そう何度も、その人は言った。

信じる努力をしたが

心に保険をかけざる得なかった。

案の定、寄りを戻してから

半年も経たずに

別れ話を持ちかけてきた。(苦笑)

私は、別れてあげるけど

流石に怒るよと

二度と許さないよと

そう言った。

すると、別れ話は

うやむやになった。

それから一時して

また会い話をした。

「まだ別れてない」とか

なんとか言ってたので

少し様子をみる事にした。

ただ、態度が明らかに醒めていた。

遊ぶ約束も軽々しく破りはじめた。

親身になり真面目かつ本気で

注文通り結婚を前提に付き合っていた

私には、その態度に耐えられなかった。

限界にきた私は

会って大事な話をしようと彼女に言った。

すると、グループホームの玄関で

話そうと言われたので

その人のグループホームに行った。

そこで、私は絶望する事になる。

グループホームの敷地内に入ると

リビングから数人の

笑い声が聞こえてきた。

私の彼女が

私のラインで送ったメッセージを

声に出して読みながら

みんなでバカにして笑っていたのだ。

しかも、私が書いてもない

嘘を盛り付けながら

私を滑稽な悪者にする為に。

私は悪口を言われる事に文句はない。

ショックだったのは

私のラインのメッセージを

笑い話にする為に

赤の他人相手に読み上げられた事だ。

しかも私を滑稽な悪者にする為に

嘘で盛り付けてだ。

私は冬の暗くて寒い外で1人泣いた。

私のラインの悪口で

楽しそうに笑い合う

グループホームの人達と彼女を

窓越しに、ひっそりと隠れながら。

念を押す為に

改めてラインでメッセージを送った。

そしたら期待通り、大声で読み上げた。

そこで私はリビングの窓をノックした。

「聞いていたぞ」との証明に。

1対1で話すのは可哀想だったので

グループホームの管理人さんも

一緒に会話に交じって貰った。

そして私は

怒りと悲鳴と絶望の混じった

声と言葉を沢山はっした。

おわり。

以上、私の人生三度目の失恋である。

[余談]

ちなみに、彼女は美人ではない。

身長165cm体重75kg

メンズの4Lがぴったり合う。

胸よりも腹がでている。

私の男気を振り絞って

頑張って付き合った。

その結果がこのザマだorz